大量の本を買ってしまった話

前回の更新からずいぶん日が開いてしまった。ブログというやつは長距離走や筋トレと同じで、一定のペースで続けられるうちはいいのだが、一度停止してしまうと再び始めるのがどんどん億劫になる。

 

何をしていたのかというと、おおむね仕事で疲弊していたというだけで、別段面白い理由ではない。

仕事で疲弊するのはいつものことというか、仕事というのはたいてい疲弊するものなので、仕事以外の何かで回復しなくてはならない。といったって座りっぱなしのデスクワーカーに深刻な肉体疲労があるわけではなし、手当てが必要なのは脳ミソと精神の方だ。

私は特に軟弱かつ怠惰に生まれついているので、精神がすぐにへばる。人付き合いがそもそも苦手なので、あっちに電話をかけ、こっちにメールを送り、続いて打ち合わせを、そういえば上司に承認もらわなきゃ、ああ資料の修正指示が、などという生活を三日も続ければ、もういやだこんなんやってられるかと精神が駄々をこねだす。駄々をこねるだけならいいのだが、結果、攻撃性が無駄に高まるのであまりよくない。

こうなると何とかして自分で自分の機嫌を取ってやらないといけないのだが、スイスに赴任してからというものの、ご機嫌取りがいささか難しくなった。

何故か。近所に美味い蕎麦を食わせる店がないのである。

これはわりと本気で言っているのだが、日本で暮らしていたときは徒歩圏内に美味い蕎麦屋があることが重要だった。というか、これまで住んできた物件はどれも、偶然にも近くに美味い蕎麦屋があったのである。美味い蕎麦屋は素敵だ。小料理をいくつか頼んで日本酒を呑みながら本を読み、締めに蕎麦を食うのだ。最高じゃないか。安っぽいスノビズムと言わば言え。試しにやってみたらこれが本当に楽しいのだから仕方がない。翌日が休みの日の夜に美味い蕎麦屋を一発決めれば自分の機嫌が取れる。数日くらいは保つ。これがパスタとワインではそうもいかない。そもそもヨーロッパ、ポーションがでかすぎるので、下手をすると前菜で満腹になりかねない。店員がいちいち声を掛けてくるのも気に入らない。ほっといてくれ。

 

そんな次第で、機嫌を取るにはひたすらに眠るという姑息的解決策に依存していた昨今だったが、ある日ふと、とあるサイトを開いてしまった。そう、hontoである。

私がいかにhontoを信頼しているかについては以下の記事をご参照いただきたい。

 

iwomfpp14.hatenablog.com

これがまずかった。

一方のタブでhontoを開き、もうひとつのタブでtwitterの「いいね」リストを開く。私の「いいね」はもっぱら、出版案内の備忘録として使用される。あとはリストをさかのぼりながら、手当たり次第にhontoで検索してカートに突っ込む。ひたすら突っ込む。今、何冊目をカートに入れたかなぞ数えるものか。ましてや価格など見もしない。

楽しかった。何しろ、自分で一度は「読んでみたい」と思った本ばかりなのだ。それはもう楽しい。しかも、自分が何をリストに突っ込んだかなど当然忘れているので、「このテーマでついに書籍が!」「この著者の新刊が!」と新鮮な驚きと喜びがある。フィーバー状態、ただしあふれているのは己の欲望だ。

たっぷり4か月分は遡っただろうか。やれやれ、どれくらいになったかなと、煙草に火をつけながらカートをチェックする。合計金額15万円なり。ちょっとよろしくない。さすがに15万円分も本を買うなど正気ではない。そんなに買ってどうするつもりなのだ。「えー、せっかく楽しかったのに」とまたぐずりだす意識をなだめすかしながら、いくらか削ろうと試みた。

がしかし、というか当然ながらというか、カートの中身が一向に減らないのだから参った。どうやら一種奇妙な自己防衛反応が働いたというか、せっかく自分の機嫌を取れているのにどうして楽しみを目減りさせなきゃいけないんだと、イドが全力で抵抗したらしい。やっとこさ数冊減らして、現在の合計金額は12万円。

12万円。よく考えてほしい。学生時代の1か月のバイト代、しかもわりとがっつりシフトに入った時くらいある。これが10か月続くと親の扶養から外されてしまうくらいの金額だ。12万円。近隣の国に週末旅行、上手くすれば2回行ける。12万円。まあわりとちゃんとしたエレキギターとかベースが中古で買える。特に目新しい機能が付いていない電子ピアノも買える。12万円。ヴィヴィアン・ウェストウッドでブラウスとカットソーとスカートが買える。12万円、東京の美味い蕎麦屋に12回くらい行ける。12万円。

 

気が付くと私はクレジットカードを取り出し、購入手続きを完了させていたのだった。私は本当にこういうところが愚かなのである。

 

発注から数日後、hontoから商品発送を知らせるメールが届いた。注文のタイミングではわからない送料(重量次第なので)も、併せて通知されている。なかなかの金額だ。送料表と照らし合わせてみるに、どうやら荷物は20kgあるらしい。

20kg。大きな米袋ふたつぶん。小学生低学年ひとりぶん。生ビールの樽ひとつぶんくらい。いいかげんくどいのでこれくらいにしておくが、そういうことだ。20kg。

たかだか自分ひとりの機嫌を取るためだけに12万円支払い、20kgの荷物を受け取ることになるのだ。本当に馬鹿なんじゃないだろうか。馬鹿というか、どこかのネジだかタガだかが外れているとしか思えない。

 

しかし良いのだ。これで良いのだ。たかだか自分ひとりの機嫌というが、私のように人付き合いが苦手で下手な人間はできるだけ自分ひとりで自分の機嫌を取る方法を可能な限り多く確保しておかないといけないのだ。周囲の他人様に機嫌を取ってもらおうなどというのはおこがましい、ましてや他人の機嫌を取るのがヘタクソな人間には特に。

これというのも、近所に美味い蕎麦屋がないからいけないのだ。そうだそうだ。仕方ないぞ。まあ、蕎麦屋があったって本は買うわけだが。