ルートヴィヒ2世最期の地・シュタルンベルク湖に行く

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今年のイースターミュンヘンに行ってきた。同僚たちに「お前はどうあっても西ヨーロッパには行かないつもりか」となじられながら、プライベートな旅行だけ数えても三度目のドイツだ。彼らの言う西ヨーロッパはつまりイタリアとフランスとスペインのことなのだが、このあたりの観光都市はどうしても優先順位が下になってしまうのだから仕方がない。

ミュンヘンだなんて何しに行くの」と聞かれるので、「日本から友人が遊びにきている」などと大変くだらない嘘をつく。日本からはるばるミュンヘンに遊びに来る友人などいるものか。本当の目的はダッハウ強制収容所と教会見物なのだが、「強制収容所と教会を見に行くんだ」などと馬鹿正直に話したところで、ランチが盛り下がるだけだ。同僚たちは私がビールを飲めないことも知らないので、「じゃあビールだな!」「そうそう、ヴルストとビールね!」で締めれば話題はすぐ別の人に移る。

かと思いきや、同僚のひとりが、ミュンヘンなら、と話をつなげた。

「あのお城とかいいわよ。えーと、ディズニーのロゴのモデルになったあのお城」

「ああ、ノイシュヴァンシュタイン城だね」

と拾ったのはケルン出身の別の同僚だ。彼がgoogleマップを開いて見せてくれる。ちょっと距離はあるけれど、ミュンヘンからなら日帰りのバスツアーがあるんじゃないかな。今の季節はすごく綺麗だよ。

 

なるほど、それは確かにいいかもしれない、と思った。ノイシュヴァンシュタインといえば言わずもがな、「バヴァリアの狂王」と渾名されたルートヴィヒ2世の傑作だ。

ルートヴィヒ2世のことは、鷗外の『うたかたの記』よりも映画『ルートヴィヒ』の形で頭に残っている。ヴィスコンティの有名作ではなくて、ザビン・タンブレアが主演した方だ。いい映画だった。何よりザビン・タンブレアがいい。あの腺病質な指の繊細さ、うつくしい瞳の動き、ルートヴィヒ2世は「狂った」のではなく、どこか違う世界からこんな汚い地上に引きずり出されてしまったのだと思わせる。あのうつくしき狂王に思いを馳せて、ゆかりの地に足を伸ばしてみるのもいいだろう。

とはいえ3泊4日の滞在、ダッハウに1日、ノイシュヴァンシュタインに1日だと、街歩きの時間が確保できるかどうか心配だ。5月のノルウェー行きに備えて、トレッキングシューズだのなんだのいくらか買い物もしたい。第一、イースターのノイシュヴァンシュタインなんて、城だの景観だのを楽しむどころではなさそうじゃないか。人の頭を見に行ったって仕方がない。何しろ人がたくさん集まっているのが嫌いなのだ。

さてどうするか、とルートヴィヒ2世Wikipediaを開いてみる。ノイシュヴァンシュタインの他にも彼による城がいくらか残っているようだが、いずれもミュンヘンから行きやすいとは言い難い。と、来歴の最後までたどり着いたところでいいことに気がついた。彼が最期を迎えたベルク湖がミュンヘンから近い。往復でせいぜい半日といったところだろう。ちょうどいい。

何の因果で人が死んだところばかり見に行くのか自分でもさっぱりわからないが、考えるまでもなく地球上のあらゆる場所で人は生まれ死んでいるのだ。何十年か何百年か遡れば、勤務しているオフィスの土地の上でも誰かが死んでいる。人が死んだところばかり見に行って何が悪い。おれたちは誰かが命を落としたその地点を踏みにじりながら生きているのだ。そしていつか踏みにじられる、自分がそうしてきたように。情緒も含蓄もクソもない言葉で納得しながら旅程を組んだ。

 

シュタルンベルク湖に行こう。問題は、どう行ったらいいかわからない、ということだけだ。地球の歩き方に載っているわけでもなし、日本語のページを検索してもそれらしき情報は出てこない。頼みの綱はgoogleの経路探索だけだ。滞在したホテルのフロントに聞いてみたが、スタッフもgoogleマップを使っていたので情報の深度は変わらない。

もし万が一、日本語でシュタルンベルク湖までの行き方を調べる人がいたら役に立ててほしい。ポイントはgoogleマップを信じないことだ。

 

目的地をルートヴィヒ2世記念碑 (Monument Ludwig von Bayern) に設定しよう。ベルク湖東岸の北寄りにある。詳しいことはわからないが、多分ここに沈んだのではないか。鷗外の『うたかたの記』だと、巨勢とマリイはレオニで車を降り、その近くのレストラン前から舟に乗って間もなくルートヴィヒ2世に遭遇しているので、きっとこの辺りだ。

結論から申し上げると、ミュンヘンからSバーン6番線というやつに乗って、Starnberg駅で降り、そこからベルク湖遊覧船に乗るのが良い。googleマップだとひとつ前のStarnberg Nord駅で降りてバスに乗れと言われるが、バスの本数が1時間に1本程度と少なく、バス停から湖までの道が高低差が大きいので、時間が合わない限りはお勧めしない。

Starnberg駅の目の前に遊覧船の発着場がある。遊覧船のコースには4種類あるが、「Grand Tour」か「Catsle Tour」に該当するものに乗ってLeoniで降りる。英語ページだが時刻表とツアーごとのコースは以下の通り。

Timetable: Timetable - Bavarian shipping at Lake Starnberger See, Ammersee, Tegernsee and Königssee

乗船代は船に乗ってから中のチケットオフィスで支払う。金額は忘れたが、LeoniからStarnbergまでの短距離で5ユーロくらいだった気がする。

Leoniで降りてからは徒歩だ。南下する形で住宅街を歩くと、ほどなくしてハイキングコースのような林道に行き当たる。あとは湖沿いに10分も歩けば、右手の湖に記念碑が、左手の丘の上に教会が見えるはずだ。

 

4月頭のドイツはバイエルンといえどもまだ肌寒く、春の一歩手前だ。林の木々も広葉樹はまだ葉をつけていない。晴れてはいるが硬質な空気に覆われている。

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気候は穏やかで、湖面にわずかなさざなみを立てるほどの風しか吹かない。お誂え向きの日だ。何にお誂え向きなのかと訊かれても困る、「狂王の沈んだ湖を酔狂で見に来るにはお誂え向き」としか言いようがない。まあ、これが雪だろうが雷雨だろうが雹だろうがそれはそれでお似合いなのだが(この前日、ダッハウでは霰が降っていた。そっちはあまりに出来過ぎだと思ったのだが)。

記念碑といっても大仰なものが建っているわけではない。あまりに線の細い十字架がひとつ。

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人が集まっているわけではない。ハイキング中の家族連れが休憩がてら、特に感慨深そうにするわけでもなく目の前の手すりに寄りかかっているくらいだ。ただ見通しがいい。ルートヴィヒ2世がどんな天気のどの時間に沈んだかはわからないが(『うたかたの記』だと夕刻、映画だと早朝だった気がする)少なくともこんな穏やかな午後ではなかったはずだ。こんなにも澄んだ空の青を映す湖面がビロードのように広がるのどかな陽光の下では、彼の繊細に過ぎる死もあまりに間抜けたものに堕してしまうだろうから。

 

ちなみにルートヴィヒ2世が滞在していた頃のベルク城は現存していない。今現在「Schloss Berg」でgoogleマップを検索すると同名のホテル(Leoniの船着場の目の前にある)が引っかかるが、何の関係もないようだ。

 

余談。ミュンヘン市内にあるフラウエン教会は、内装の美しさもさることながら、「悪魔の足跡」が残っているということで有名だ。悪魔が教会を壊そうとしたときについたとも、人の魂と引き換えに建築を手伝った悪魔が報酬を手に入れられず悔し紛れにつけたとも言われる。

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ということで自分の足(23.5cm)と比較してみたが、あれだな、悪魔、わりと標準的なサイズだし、靴履いてたんだな。という感じです。なんだこの余談。