It could be sweet(Portishead)和訳もどき

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10本の指に入るくらい好きなアーティストPortisheadの中でも一番好きな歌がIt could be sweetで、この抑制の効いたトラックに挿入される緊迫感を醸し出すオケヒット、何よりベス・ギボンズの陰鬱なウィスパーがたまんないわけです。

「it could be sweet」のリフレインが耳から離れなくなるので思いついて和訳をしてみたわけですが、詩の翻訳って本当に難しいな。英語に堪能ではないのでそりゃ当たり前なんだが、日本語力の乏しさも痛感しました。

 

まずキーフレーズである「it could be sweet」を上手く訳せない。

そのままだと「もっと素敵になるかも」なんだが、いやその前にsweetは「素敵」でいいのかとか考える余地はあるわけだが、明示されていない「it」をどう扱うかが問題だ。

というかそもそもこの二人はいったいどういう状況にあるんだ。安い解釈をしてみると、「あなた」はパートナーのある身でありながら「わたし」と最後の一線を越えようとしており、「わたし」もこの場の誘惑に抗おうとしている(きっと「あなた」のパートナーと「わたし」は既知だ)、みたいなよくある痴情のもつれかけかもしれない。そう説明すると急に安っぽい歌な気がしてきたが、まあそれは私の貧相な想像力がいけないのであって、楽曲の美しさを損なうものではない。というか、恋情のもつれを陳腐だとみなすこの根性が悪い。何の話だ。

 

いざ訳そうと思ってみると、意外と簡単な単語の訳出に悩む。

今回は「try」に手こずった。いったん、「耐える」「抗う」と訳してみたが、と書いていて別のアイデアが出てきた。ひょっとして、「わたし」は「あなた」を押し返そう思い留まらせようとしているのではなく、むしろ誘惑しているのではないか。散々、いけないわこんなこと罪だわ、と並べ立てた挙句、「ああ、でももう少し頑張ってみて」なのか。「もう少し強く押してみて」からの「it could be sweet」つまり「きっともっと素敵だわ」って、これはひょっとして、私が「it could be sweet」を完全に逆の意味で訳してしまっていたのではないか。罪深さを認識した上で貪る果実こそ美味、という意味なのか。なるほどまことに不道徳だが曲調にはマッチしている気がする。

 

ということで、「いやよだめよ引き返しなさい」の抵抗者バージョンを改め、「罪深さを認識した上で貪る果実こそ美味」バージョンで意訳してみた。

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あなたを傷つけたくなんかないの

今はとにかく恐ろしくて仕方ないわ

あなたはわたしが誘惑したんだなんて言うけれどそうじゃない

わたしに罪があるとすればそれはこれから犯すだろう罪を理解しているということ

思い出させてしまって悪いけど、

わたしはこれからわたしたちが犯す罪が恐ろしくて仕方ないの

だって快楽は恐れを知らぬ獣だもの

 

タダで何かを手に入れることなんてできない、引き返すなら今だわ

……そう、こんなに言ってもまだ頑張る気ね

その方がきっともっと素敵だわ

まるで長いこと忘れてしまっていた夢みたいに

 

それにこんな道徳みたいなもの、わたしたちには要らないの

運命のサイコロを振るのにはね

愛がいつだって光り輝いているだなんて大間違いだわ

だってわたしは失くしたくないもの

最後にあなたが行ってしまった時にわたしたちの手の中にあったはずの情動を

この情動は恐れを知らぬ獣なのよ

何の対価も支払わずに何かを手に入れることなんてできない、引き返すなら今だわ

……そうね、まだ試してみる?

 

そのほうがきっともっと素敵だわ

 

けれど、今わたしたちの理性が否定しようとしている情動は

わたしたちをめちゃくちゃに破壊してしまうものなの

わたしたちは高慢な驕りの深みにはまってもがいている

たったひとつの想いにがんじがらめになって

だってわたしは失くしたくないもの

最後にあなたが行ってしまった時にこの手の中にあったはずの情動を

この情動は恐れを知らぬ獣同然

何の対価も支払わずに何かを手に入れることなんてできない、引き返しなさい

あら、まだ耐えるつもりかしら

だってわたしは失くしたくないもの

最後にあなたが行ってしまった時にこの手の中にあったはずの想いを

この想いは恐れを知らぬ獣でしょう

何の対価も支払わずに何かを手に入れることなんてできない、引き返しなさい

さあ、もっとちゃんと抗ってみせて

 

その方がきっともっと素敵だわ

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ということで、物語は誘惑に抗う貞淑な女ではなく、罪の果実を貪らせようと男を誘惑する女のものだったということである。誘惑するだけでなく、それに耐える男の姿を見て舌なめずりすらしている。その方がきっともっと素敵だから。相手の頑なな自制心を知って、あたしたち悪いことしようとしてるのよね、わかってるわ、と言葉を重ねて罪の意識を育みながら、その上で犯す悪徳の美酒が最高に美味いことを知っているのだ。

ということであるって、これは解釈の1パターンに過ぎないので他にもいろいろ考えようはあるだろうけれども(この歌の本人が女性で、相手が男性というのも一面的な見方だし。ここで性志向の多様性を織り込む必要はないだろうが)私としては妙に腑に落ちたのでこれでいいかなという気がしている。